| ピエロ・デッラ・フランチェスカ(1411/12−1492)は独特な絵のスタイルを持ち、初期ルネッサンスの最も個性的と言われた最初のイタリア人画家でした。
長い間一般的に知られていなかったこの画家は、今、最も偉大なルネッサンス画家の1人とされています。 数学者であり建築家としても優れていた多才な画家ピエロは、その時代の重要な立体幾何学と遠近法の論文をも書き残しています。
その思考は作品にも反映され、彼の傑作には 優雅さ、抽象概念、そして幾何学的な描写 の精密さが見られます。

1411年頃、ピエロは南トスカーナの小さな町ボルゴ・サン・セポルクロ(現代のウンブリア州サンセポルクロ)に生まれました。 彼は人生の大半を旅で過ごしたにも関わらず、遠くはなれた故郷の町を決して忘れずにいつも
忠実でいました。 1442年に彼は町評議会のメンバーになり、彼の死までそのポストは維持されたといいます。

ピエロはフィレンツェで芸術を学びましたが、ローマ、ウルビーノ、フェッ
ラーラ、リミニ、アレッツォなど他の街で実績を積みます。 その間、彼はマッチオとドメニコ・ヴェネツィアーノから強く芸術の影響を受けました。
丸みをおびた肖像の描き方はマッチオから、他方ドメニコからは特有なデリケートな色づかいと、落ち着いた明るい日光に包まれているような描き方を習得。
これらに加え、生まれつきの秩序さと明快さの感覚を加えたのがピエロの芸術です。

この特徴的な描写方法は後に活躍するラファエッロをはじめとして、北イタリアの画家マンテニャとジョヴァンニ・ベッリーニらにとって重要なものでした。
しかしピエロの芸術が、フィレンツェの芸術の主流に強く影響を与えるには、あまりにも個性的で独特的過ぎたようです。

フィレンツェのウフィツィ美術館にある、平静な雰囲気と気高さが表現された二つの肖像画「モンテフェルトロ家のフェデリーコ公爵とバッティスタ・スフォルツァ」が、ピエロの作品では最も有名な絵のひとつですが、実際、彼の作品のほとんどは教会のフレスコ画や教会内の背後や上部に飾られるついたてに、宗教的なものを描いたものが多数を占めます。
マルケ州ではウルビーノの国立マルケ州美術館の「セニガッリアの聖母」、「キリストの鞭打ち」、また他地方では「聖十字架伝説」(アレツッオ・サン・フランチェスコ教会)、「モンテフェルトロの祭壇画」(ミラノ・ブレラ美術館)、「キリストの復活」(サンセポルクロ・サンセポルクロ美術館)などがよく知られています。 |
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「セニガッリアの聖母」
国立マルケ州美術館
(ウルビーノ)

「キリストの鞭打ち」
国立マルケ州美術館
(ウルビーノ)
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